溶ける街 透ける路
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発行年月 : 2021年7月 (文庫)
出版社 : 講談社 (文庫)
2006年から日本経済新聞で連載されて、2007年に発行された単行本の文庫版。
多和田葉子の小説がわかりにくいわけではないけど、時々リズムを外したような一筋縄では行かなさがあるのに比べて、エッセイのテキストはひとつひとつが短いのもあり、すごく読みやすいのと、この人の小説を読むヒントになる感覚が確実にあるので面白い。
鴻巣友季子が解説に書いていた「言葉の峡谷に留まる詩人」というのはとても多和田葉子を捉えた表現だなと思う。
自分の理解できない言語に耳を澄ますのはとても難しい作業だが、文字にこだわらず、「アメリカン」を「メリケン」と書き記したような、繊細で果敢で好奇心に満ちた耳が、かつての日本にもあったはずだと思う。それができなければ、異質な響きをすべて拒否する排他的な耳になってしまい、世界は広がらない。創造的な活動は、まず解釈不可能な世界に耳を傾け続けるところから始まるのではないか、と改めて思った。 ( p130, リューネブルグ )
旅は時に痛いものだが、痛いと思ったときには必ず世界が少し広がっている。異文化について勉強したい時は、本を読んだ方が旅に出るより効果的なのかもしれない。しかし読書だけでは痛い経験はできない。痛さとは、自分を変える力が外部から直接働きかけてくることでもある。それによってゆっくりと身体が変化し、性格が変化する。
(...)
旅人としてのわたしの体験はマッチを擦った瞬間にその光でまわりが見えるようなもので、炎は数秒で消えて、あたりはまた暗闇に戻ってしまう。世界はなかなか見えにくい。旅をすることで見える範囲など限られている。社会的な調査をするわけではないので、「この町はこういう町だ」という結論を出すつもりは最初からない。記憶の断片が光り、これまで見えなかったものが一瞬見え、それがステレオタイプになって凝固する前に消えていく。 ( p210, 作者から文庫読者のみなさんへ )